売主甲さんと買主乙さんが、甲さん所有の中古住宅について、引き渡しを2か月後と決めて売買契約を結びました。
この時、契約から1か月経過したときに、中古住宅が、甲さんの責めに帰することができない事由により、全焼してしまいました。
この時、甲さんの目的物引き渡し債務は、履行不能となり消滅しますが、それにもかかわらず、乙さんは売買代金全額を支払わなくてはならないのか。
というのが危険負担の問題です。
債務の一方が履行不能になったとしても反対債務は消滅することなく存続する。
上記事例でいえば、乙さんの売買代金支払い債務が存続する。
これを、履行不能となった債務(建物引き渡し債務)の債権者が危険を負担するという意味で、債権者主義といいます。
債務の一方が履行不能となった場合、反対債務も消滅する。
上記事例でいえば、乙さんの代金支払い債務が消滅する。
これを、履行不能となった債務(建物引き渡し債務)の債務者が危険を負担するという意味で、債務者主義といいます。
改正前民法では、債務者主義が原則であるとしながらも(民法536条1項)、特定物についての物件の設定または移転を双務契約の目的とした場合には、債権者主義を採用していました(民法534条第1項)。
つまり、上記事例のような中古住宅という特定物の売買契約で、目的物の引き渡し債務が履行不能となり消滅した場合でも、乙さんの代金支払い債務は消滅せず、乙さんは、建物の引き渡しを受けられないにもかかわらず、代金全額を支払わなくてはなりませんでした。
上記結論は、妥当性を欠いているのではないかということから、多くの場合、不動産売買契約書の中で、目的物の引渡し前に目的物が滅失した場合には、買主は契約を解除できるとして、債権者主義を修正していました。
①民法534条の削除
改正法では、特定物の売買について債権者主義を採用していた534条を削除しました。
②履行拒絶権の創設
履行拒絶権を創設し、反対給付債務が存続するか否かの問題ではなく、反対給付債務の履行を拒むことができるかどうかの問題となりました。
これまで、債務が履行不能となった場合、債務者に帰責性があれば、解除・損害賠償請求の問題、双方に帰責性がなければ危険負担の問題として、反対給付債務が消滅すると考えられてきました(改正前546条1項)。
しかし、改正民法では、債務が履行不能となった場合、債務者の帰責性を問わず、解除できることになりました。そのため、双方に帰責性がない場合も、反対債務の帰趨を解除の問題として扱えばよいとも考えられます。
しかし、債権者からすると、解除をしなければ債務が消滅しないとなると、解除の行使が困難な状況の場合など、債権者に過度の負担がかかることになってしまいます。
そのため、改正法では、危険負担の効果を、反対給付債務の当然消滅から、反対給付債務の履行拒絶権の付与と改めました(改正536条第1項)。
債権者は、危険負担の規定により、反対給付の履行を拒絶することも、解除して確定的に債務を消滅させることもできるようになりました。
前述のとおり、危険負担についての債権者主義を定めていた534条は削除されましたが、実質的な支配の移転後について、危険も移転するのか否かについては、問題が残っていました。
この点につき、民法の売買に関する規定の中で、引き渡しにより危険が移転することを明らかにしました(改正567条第1項)。
目的物が買主に引き渡されたのちに、双方の帰責性によらず、目的物が滅失、損傷した場合、買主は、代金の支払いを拒めず、履行の追完の請求、代金の減額の請求、損害賠償の請求及び契約の解除をすることができません。
種類物については、引き渡されていたとしても、契約内容不適合により特定していない場合には、危険は移転しません。